カミオン部門総合準優勝&6位入賞で15年連続完走を達成!  2005年 TELEFONICA DAKAR

総合準優勝を獲得した1号車 
パリダカ史上最多となる689台が参加した2005年大会に「TEAM SUGAWARA」は菅原義正、照仁親子がハンドルを握る日野レンジャー2台で挑んだ。レンジャーの複数台参戦は97年以来8年ぶりで、引き続き日野自動車からの車両供給&メカニック派遣というプライベート参戦ではあるものの、より一層体制の強化を図った格好だ。この新たな体制で前人未踏の15年連続完走&10リッター以下クラス優勝を目指すレンジャーに対し、カマズ3台、タトラ3台、ダフ5台、ジナフ2台といった大排気量のモンスターカミオンが大挙参戦。直接的なライバルとなる10リッター以下クラスにも、元WRCチャンプ・M.ビアシオン&無冠の帝王・M.アレンがドライブするイベコ2台、侮れない速さを見せるメルセデス・ウニモグなど強豪が揃い、17日間、8,956kmの戦いが幕を開けた。

12月31日の大晦日、バルセロナの熱狂的な観衆の声援を受けカミオン部門の先陣をきって1号車、2号車がポディウムを後にした。カミオン部門69台の内、半数近くを純粋なレーシングカミオンが占めた今大会は序盤から熾烈な戦いが繰り広げられた。そのような中、冷静に序盤戦をこなしたレンジャーは6日目終了時点で1号車9位、2号車22位という順位で虎視眈々とチャンスを窺った。そして迎えた今大会最大の山場と言われた7日目のステージでレンジャー2台は猛アタック。並み居る強豪がトラブルに見舞われた難ステージで2位、4位を獲得し、一気に総合順位でも3位と6位に浮上した。
中間地点となったアタールで、3名の日野メカニックによってリフレッシュされた2台のレンジャーは後半戦も快調な走りを続けるが、ウニモグやデルーイ親子のダフといったライバル勢も侮れない速さでレンジャーに猛追をかける。1号車は熾烈な3位争いで一時、ウニモグに逆転を許したものの、意地の走りで再逆を果たし、1号車が総合2位、初参戦となった照仁も6位入賞を遂げ、日野レンジャーは初参戦以来となる15年連続完走を達成した。

順位 ゼッケン ドライバー 車種
 1  520 カビロフ カマズ
 2  500 菅原義正 日野レンジャー
 3  503 ビスマラ ウニモグ
 4  521 J.デロイ ダフ
 5  516 G.デロイ ダフ
 6  501 菅原照仁 日野レンジャー
 7  522 アレン イベコ
 8  542 サドラウー マン
「TEAM SUGAWARA」

1号車 菅原義正/羽村勝美
2号車 菅原照仁/鈴木誠一
メカニック 北野哲史(日野自動車)
メカニック 二宮真吾(広島日野)
メカニック 西田講平(千葉日野)
アシスタンスカミオン D.バイラー(モンゴル)




1991年 第13回 PARIS-TRIPORI-DAKAR
1992年 第14回 PARIS-SIRTE-LE CAP
1993年 第15回 PARIS-DAKAR
1994年 第16回 PARIS-DAKAR-PARIS
1995年 第17回 GRANADA-DAKAR
1996年 第18回 GRANADA-DAKAR
1997年 第19回 DAKAR-AGADES-DAKAR
1998年 第20回 PARIS-GRANADA-DAKAR
1999年 第21回 GRANADA-DAKAR
2000年 第22回 PARIS-DAKAR-CAIRO
2001年 第23回 PARIS-DAKAR
2002年 第24回 ARRAS-MADRID-DAKAR
2003年 第25回 TELEFONICA DAKAR
2004年 第26回 TELEFONICA DAKAR
2005年 第27回 TELEFONICA DAKAR
2006年 第28回 EUROMILHOES DAKAR
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